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出版社/著者からの内容紹介
モテまくりの小学生時代、ジャニーズ入りのきっかけ、マルチタレントへの道……生い立ちから現在までを、秘蔵写真とエピソードでつづる、タッキー青春物語、あなただけにそっとお届け!
抄録(「電子書店パピレス」より)
ジャニーズ・ジュニアのトップスターになった秀明は、行ってみたい町を訊かれると、ためらわずに答える。
「八王子!」
と。
彼がもっとも愛する町、それが八王子なのである。
江戸時代には天領で、甲州街道の宿場町・市場町として栄えた八王子市は、東京の南西に位置する。新宿駅からJRで約一時間の距離にある東京のベッドタウンとして発展し、今では多くの大学を抱える人口五十万人の学園都市でもある。
秀明が生まれ育ったのが、この八王子だ。
家族は、両親と姉と兄がひとりずつ。姉兄は秀明とそれぞれ三歳、二歳の差がある。
秀明がもっとも長く暮らしたのは、八王子駅からさらに一駅、西側にある西八王子駅から歩いて約二十分の距離の地に立つ団地だった。ちなみに言えば、京王線山田駅は団地から徒歩五分の距離にある。ここで四歳から十四歳までを過ごした。
その団地への転居は、秀明が四歳の年に行われたという。エレベーターなし五階建ての、東京ではよく見かけるタイプの団地である。
我々がこの団地を訪れたとき、ひとりの主婦と知り合った。吉村春江さん(四十八歳 仮名)がその人だ。
「秀明ちゃんのことはよく覚えてる。色が白くって、目がクリクリとした、それは可愛い子供だったわ。ウチの子供と交換してほしいくらいにね。あの子がジャニーズに入ったと聞いても驚かなかったし、当然だと思ったの。私もかねがね、『ジャニーズに入れたら』って、お母さんに言ってたんだもの」
団地という場所では、同じ年頃の子供を持つ主婦同士、付き合いが深まるのはごく自然なことだ。中には、お節介な人もいる。だから、
「私がジャニーズに入ることを勧めたから、秀明ちゃんはスターになった」 と言う人も、ひとりやふたりではないらしい。
彼が四歳の頃といえば、テレビでは『ドラえもん』が相変わらずの人気を博していたし、斉藤由貴が主演する『スケバン刑事』も人気番組のひとつであった。マンガでは、『ドラゴン・ボール』が大人気だった。人気グループ「チェッカーズ」が、旋風を巻き上げていた頃でもあった。
この当時のことについて、マスコミに対して秀明はほとんど口をつぐんでいる。
秀明の住む団地からめじろ台東公園を抜けて行くと、住宅街に突き当たる。行く先の背景には、濃い緑を帯びた山が迫っている。
「森が好きで、よく森に出かけて遊んだよ。落ちているドングリを拾ったり、段ボールや新聞紙を使って秘密基地を作ったりして。ああいう所って、エッチっぽい本が落ちてたりするんだよね。そんな本を見つけると、『ウワー!』なんて叫んで大騒ぎしたりしてたよ」
大人には風光明媚に見える土地も、子供にとっては不思議な魅力を持つ遊び場でしかないのだ。秀明は、そんな恵まれた環境の中にある、めじろ台の「めじろ保育園」に通った。
●はじめに
小さくて可愛いプロレスラー・秀明
野球少年だった秀明
幼年期の秀明
「ラーメン屋でアルバイトしたい」と言ったわけ
モテまくった小学校時代の秀明
夏休みの思い出
「ヒーポン」と呼ばれた秀明
運動会の騎馬戦で大活躍
タレントへの第一歩は幻のテレビ出演
観客まで集めたプロレス
ハヤブサ命
「ボク」から「オレ」へ
幻のテレビ出演
修学旅行で『笑点』の大喜利
中学校では人気急落
中学一年生の失恋
滝沢の名前の謎に迫る
ジャニーズ・ジュニアと秀明
ジャニーズ入りは自分の意志
修学旅行に行けなかった
こんな夢を持ったことがある
親孝行で姉兄好き
八王子でのコンサート開催が夢
よく眠りよく食べる
秀明は寝言がすごいらしい
買い物上手と言われるが……
新装開店『愛ラブ B.I.G.』
ジュニアは裏方である
ちょっとワガママ
浜田一男が親友であるわけ
ヤマピーがマイブーム
滝沢秀明のオシャレ哲学
『愛ラブ B.I.G.』は笑いでいっぱい
O型と信じてたのにA型だった血液型
女性は年上がピッタリ?
秀明のヒーロー論
マルチタレントへの道
ドラマ班のエースはコメディ志願
仕事人間・滝沢秀明
秀明のイメージと本当の姿
ジャニーズを選んだわけ
めざせ! 身長百七十五センチ
NHK大河ドラマ『元禄繚乱』
甲子園で燃えたジュニアと秀明
●最後に一言