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真面目ちゃうちゃう 可朝の話

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表紙画像
著者:月亭可朝
価格:¥ 1,260
鹿砦社


■ 内容紹介

出版社/著者からの内容紹介
 関西が生んだ奇妙な落語家・月亭可朝。飲む、打つ、買うを人生のモットーとして独自のスタイルで舞台や、事務所を賑わせてきた。あの芸人の意外なハナシ、吉本興業の行方、そして可朝自身の女道楽……など、誰も知らない上方芸能裏面史を初公開!


抄録(「電子書店パピレス」より)
 「親が死んでも、舞台に穴を開けてはならん!」
 これは楽屋の、伝統的戒めですわ。いったん仕事を引き受けた限り、約束の時間に現場まで自分の身柄を運ぶのが、芸人の主な仕事と言えるかもしれません。
 兵庫県の姫路へ、仕事に行くために新幹線を利用した時のことですわ。ちょっとでも早よ着くやろと、予定より一台前の列車に乗ったんやけど、これが大間違いやった。その列車は、岡山まで直通で、姫路には停まらんかったんや。目的地はわかっているのに、そこからどんどん遠ざかっていくというのは、たまりまへんで。
 そやけど何とかせんことにはいかん、そう思うて言いましたわ、その仕事の剣企画の事務の人が付き添うてくれてたんです。
 「キミ、すまんけど急病人になってくれ。腹痛でも何でもええさかいに。俺、車掌さんに頼んでくるわ」
 そう言うて、車掌室に行きましたんや。
 「実は私の連れが、急病で座席で倒れてますねん。何とか姫路で下ろしてもらえまへんやろか?」
 「わかりました。座席はどちらですか?」
 この車掌さんの返事に、助かった! と思いましたがな。席に戻ったら事務の人が、「ウ〜ン、ウ〜ン!」と唸りながら、のたうち回ってるがな。その迫真の演技に、思わず噴き出しそうになりましたで。
 「もうじき、車掌さんが来るさかい、そのまま続けとってくれ」
 そない言うと、頷いてくれた。と思うたら、社内アナウンスが始まりましたんや。
 「ご乗車のお客様の中に、お医者様がいらっしゃいましたら、急病人が出ましたので、十一号車までお願いいたします」
 それを聞いた事務員さん、横目で私をジロリ。まさか、こうなるとは知らんなんだ。
 そのうち、お医者さんがゾロゾロと来るわ、来るわ。岡山から東京の医学会に行った帰りのお医者さんが、二十人近く団体で乗ってはった。そのお医者さんが全員、駆けつけてくれたんや。
 事務員さんは仰向けにされて、脈を計るの熱を計るの、果ては腹を押さえて「ここは痛いか?」と完全に病人扱い。事務員さんもご苦労なことで、ギューギューと腹を押さえられる度に、「ヒェー、ヒェー!」と悲鳴を上げる。
 診察の後で、お医者さんが言いはった。
 「これやったら、岡山まで大丈夫ですわ」
 「そやけど、もしものことがあったら大変なんで、一刻も早く手当をしてやりたいんですが」
 「心配せんでもよろしい。岡山に着いたら、ええ病院を紹介しますから」
 それを聞いていた事務員さん、先刻よりも数段大きな声で、「ウ〜ン、ウ〜ン!」。私かて必死ですがな。
 「何とか、姫路で降ろしてもらえませんか?」
 そない言うた瞬間、列車は姫路駅をビューッとばかりに通過してまいましたわ。名案も水の泡なら、仕事も完全にパーッ!
 かというて、車内をあれだけ騒がせたんやから、周囲のお客さんの目もあるし今更、病気を止めるわけにはいかん。岡山駅に着くまで、事務員さんは寝たままで唸り詰め。私かて、傍らから時々、「大丈夫か? 痛まへんか?」と声をかけとったんです。
 オチは、岡山のお医者さんは名医揃いということで……。


著者について
 月亭 可朝(つきてい かちょう)
 落語家。カンカン帽にちょび髭、メガネで、ギター片手に「嘆きのボイン」「借金のタンゴ」などを歌う。
 神奈川県横浜市出身、昭和33年、三代目林家染丸に入門。昭和34年、林家染奴の芸名で落語家としてデビュー。その後、桂米朝に再入門し桂小米朝と改名。昭和44年、月亭文都の屋号である月亭を襲名「月亭可朝」となる。

■ カテゴリ




「真面目ちゃうちゃう 可朝の話」紹介ページの最終更新日時
2008年12月29日 00:02:42
ID:6
※実際の販売・ダウンロードは『電子書籍パピレス』にて行われます。