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EM−Xが生命を救う

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表紙画像
著者:田中茂
価格:¥ 525
サンマーク出版


■ 内容紹介

出版社/著者からの内容紹介
 微生物から生まれた「清涼飲料水」EM−Xが、がんをはじめ、糖尿病、リウマチに絶大な効果をあげている。著者の田中氏は、臨床医の立場でいち早くEM−Xの効果に着目し、自らの治療に取り入れ、数々の効果をあげてきた。本書では、その具体的な臨床例をふんだんに取り上げ、医師の目からその効果と可能性を検証する。


抄録(「電子書店パピレス」より)
 私の病院(埼玉県和光市)にやってくるのは、医師から見放されたような末期ガンの患者さんが多いのですが、EM−Xに関する相談室を設けていることもあって、遠隔地から「EM−Xがほしい」とか「どんなふうに飲んだらよいのか」といった問い合わせや相談もよく寄せられます。高齢者の中島奈美さん(仮名・八十六歳)の場合もそうした一人でした。
 中島さんは卵巣ガンの末期でした。はじめは転んでケガをしたのがきっかけで近所の総合病院へ入院したのですが、よい機会だからとあちこち検査をしてみたら卵巣ガンが見つかったのです。医師は「すぐ手術しましょう」といったが家族は迷いました。高齢なのでそこまでする必要があるのか疑問に感じたからです。
 それでとりあえず退院し、卵巣ガンの権威である医師がいる都内の有名病院へ行って、もう一度診てもらったら「ガンの手術そのものは成功するだろうが、心臓が弱っているから命の保証はできない」といわれ、手術は断念しました。
 しかし、何もしないで死を待つというのも家族としてはつらい。たまたま健康雑誌に載っていたEM−Xに関する私の記事を読んで、電話をかけてきたのが一九九六年の八月末のことでした。
 私がくわしく事情を聞いてみると、症状は相当に悪い。卵巣ガンの腫瘍《しゅよう》マーカー(体内に発生した腫瘍によって生み出される物質で、腫瘍の存在や治療効果を判定するのに使われる補助的な検査値)であるCA125の数値が一〇四を示していました。CA125値は一〇〇を超えると重症で、いつどうなってもおかしくはないのです。
 私もこのままなら「もって三、四カ月だ」と思いました。しかしEM−Xをほしいというので、「一回七〇ccずつ一日三回(合計二一〇cc)お飲みなさい」と、量を指示してEM−Xを送ったのです。
 中島さんがEM−Xを飲み出して三カ月目に都内の病院へ行って検査をしたところ、医師のほうが驚くような結果が出た。なんとCA125値は七四まで下がっていたのです。このとき、家族は医師にEM−Xを飲んでいることはいいませんでした。だから医師のほうはどうしてそうなったのかわからなかったが、本人はEM−Xへの信頼を一気に高め、その後もずっと継続して飲み続けたのです。
 その後の経過は家族の方が逐一報告してくれたので、私のほうでも掌握できていました。参考までに腫瘍マーカー(CA125)の変化を以下に記してみましょう。
 九六年八月三日 一〇四(EM−X飲用開始は同年九月六日)
 九六年十二月四日 七四(EM−X飲用三カ月経過時点)
 九七年四月三日 七〇(EM−X飲用七カ月経過時点)
 九七年九月五日 六五(EM−X飲用十二カ月経過時点)
 この数値の変化は、ほとんどガンが消失しているといっていいものです。それだけでなく本人の健康状態は以前にもましてよくなっていったのです。家族の報告によると、まずそれまでよくひいていた風邪をまったくひかなくなった。それから白くなっていた髪の毛が、前頭部から少しずつ黒くなり始めた。立ち居振る舞いもそれまでの緩慢さが消えて、しっかりしてきた……などです。
 たとえば、以前はガスをつけるときなど手が震えて危なっかしかったのが、いまではしっかりした動作ができるようになり、それまで遠ざかっていた家事も少しずつできるようになってきたということです。また、日記をつける作業も再開したそうです。全体を通していえるのは、EM−X飲用開始後、ガン消失だけではなく体全体が若返りの方向へと向かっていることです。
 これを裏書きする事実もありました。中島さんは九七年十一月、病院へ行って脳をCTスキャンで撮影しました。そうしたらまるで四十代かとみまごうきれいな脳細胞で、それを見た医師が「このぶんなら百歳まで保証しますよ」といったということでした。家族によれば、それまでやや痴呆症の兆候がみられていたのがすっかりシャンとして、週三回ほど老人ホームへ出かけていって、書道の稽古《けいこ》をしているといいます。


著者について
 田中 茂(たなか しげる)
 一九二五年(大正十四年)福岡県生まれ。医学博士。五〇年慶応義塾大学医学部専門部を卒業後、埼玉県和光市にて田中医院を開業。六〇年慶応義塾大学医学部より大脳生理学の研究により博士号を受ける。
 六二年から八四年まで埼玉県朝霞地区医師会会長を十一期二十二年務める。そのほか、埼玉県医師会役員、日本医師会代議員、日本・ラテンアメリカ医学協会役員、外務省国際緊急援助隊運営会議委員などを歴任。
 八九年、和光市長に就任、三期を務める。
 現在、財団法人関東厚生福祉会・朝霞厚生病院理事長、社会福祉法人三芳厚生福祉会・特別養護老人ホーム「みよし園」理事長。
 著書に『蘇る生命』(総合ユニコム)、『狭き門より入れ』(未来出版)など。

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「EM−Xが生命を救う」紹介ページの最終更新日時
2008年12月29日 00:04:10
ID:1319
※実際の販売・ダウンロードは『電子書籍パピレス』にて行われます。