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出版社/著者からの内容紹介
大人気、東京、環七通り沿いのラーメン屋、「なんでんかんでん」の創業者が語る波瀾万丈のラーメン人生。苦労話から成功のコツまで、ラーメンファンにも、起業志望者にもオススメの1冊!
抄録(「電子書店パピレス」より)
東京に出て来てからというもの、博多ラーメンは、福岡の実家に帰省した時にしか食べていなかった。東京では、豚骨から出るうまみが利いたコクのある本場の博多・豚骨ラーメンにお目にかからなかったからだ。だからこの「●●ラーメンに行列が」という新聞記事を読んだぼくは、楽しみにして友だちを誘って喜び勇んで駆けつけた。
ところが、この店の博多・豚骨ラーメンは、故郷で食べていたラーメンとは似ても似つかないものだった。
こんなのは博多の豚骨ラーメンじゃない、「ポンコツラーメン」だ。ぼくはキッチンに行き、お店の人に苦情を言った。「悪いけど、これは、博多ラーメンじゃないよ。誰がやっているの?」「今、オーナーはいないんです。あんまり、お店には来ないんですけどぉ」
アルバイトとおぼしき従業員は、ぼそっと言った。ぼくは続けて尋ねた。「豚骨はどこにあるの?」「豚骨は無いんです。これを、薄めて出しているんですけど」その従業員は固形スープのようなスープの素を見せてくれた。
それを見た途端、「えっ、これ?」と愕然としてしまい二の句が継げなかった。
こんなスープの素なんかを使っていたら、豚骨スープ本来のうまみも野性的な臭みも消えてしまう。小さい時から博多ラーメンを食べ、味わってきたぼくらの舌が満足できるはずがなかった。
本物の豚骨スープを使ってもいない店のラーメンが「うまい」と評判になって、行列ができる。ということは、東京に本物の博多ラーメンの店がないという証拠ではないか。
これでは、東京の人が、間違った博多ラーメンの味を覚えてしまう。
著者について
川原 ひろし(かわはら ひろし)
1961年3月13日、福岡県博多市中州に生まれる。小学生の頃から、日々博多ラーメンを作り、食べ歩くラーメン小僧。夢見る職業は歌手。1982年、歌手を志して上京。芸人Wけんじに弟子入りし、前座歌手となる。が、とある人気ラーメン店に出会い、衝撃を受け、1987年、環状7号線世田谷区羽根木1丁目で博多・豚骨ラーメン店「なんでんかんでん」を開業。さまざまなアクシデントに遭遇しながらも、「旨い」と評判になり、マスメディアにも数多く取り上げられ、現在、年商3億円ともいわれる繁盛店となる。
第一章 歌手を目指す“ラーメン小僧”
●末は名シェフか、人気歌手か
●ゴマとの出会いが、ぼくのラーメン道を決めた
●ゴマの次は、辛しタカナ
●カッコ悪い「ラーメン屋」より、カッコいい「歌手」だ
●東京で、歌手になりたい、有名になりたい
第二章 ぼくの出番だ!博多ラーメンの真髄を披露!
●儲かっているラーメン屋はカッコいい
●うまい「ラーメン屋」はぼくが作る
●憧れの新宿、渋谷での開店は夢のまた夢で
●当たるも当たらぬも八卦。「羽根木」が吉方位
第三章 「なんでんかんでん」ラーメンが大ヒット
●準備不足でオープン日を延期
●ラーメン屋でも「ヒット」を
●麺を極細、色白の博多麺に
●単品商売が店を作る
第四章 当店のアップ&ダウン 事件簿一挙公開
●プラカード隊とパトカーに店が占領された!?
●マルサの「男」、そして、保健所
●駐車場騒動の顛末
●商品も名前もオリジナリティが第一
●「ネギバカラーメン」の名付け親はぼくだ
第五章 「たかが」「されど」のラーメン屋経営
●クレームは有り難いが、噂は千里を走る
●うまいラーメンも、従業員で不味くなる
●ラーメンをよりうまくする、うまい従業員とは
●従業員はお客様からスカウト
●お客様を留めるための「お待たせ劇場」
●コミュニケーションが商売を作る
●気になる二十五日、木曜日、雨の日
第六章 サロンのあるラーメン屋
●なんでんかんでん“サロン”は、朝まで明るい
●特許取得の「海苔広告」
●Mr.なんでんかんでんの課外活動
●「なんでんかんでん」の支店第一号が金沢に誕生
第七章 ぼくの経営哲学
●ラーメン屋経営成功の十ヵ条
●売り上げと成功の十ヵ条
●こだわった豚骨スープの秘密
あとがき