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出版社/著者からの内容紹介
政治権力の腐敗の実態を徹底取材、金丸、竹下をはじめ政治家たちの錬金術が次々に暴かれた。浮かび上がった政・官・業・暴力団の癒着構造――。政治不信から政界再編成への激動の時代の全てが、この一冊でわかる。
「93年の最も優れた報道活動」としてJCJ賞に輝いた衝撃のルポ!
抄録(「電子書店パピレス」より)
「画商が見せたメモには何度も折り畳んだような跡があり、そこには……」
竹下元首相の三度目の証人喚問が間近に迫った九三年二月八日。元平和相銀監査役の伊坂氏は東京・銀座のビル五階の事務所で約三時間にわたり、それまで以上に詳しく金屏風の「取引」について語った。翌九日付毎日新聞朝刊社会面には、「『竹下氏に3億円』と認識」の見出しの記事が掲載された。リード部分の要旨を抜粋する。
[住友銀行に吸収合併された旧平和相互銀行をめぐる「金屏風疑惑」で、元平和相銀監査役、伊坂重昭氏が八日、毎日新聞のインタビューに応じ、「屏風購入は平和相銀株買い戻し工作の一環として行われ、平和相銀側が画商に支払った四十億円のうちの三億円が竹下元首相側に渡ると認識していた」と明らかにした。証人喚問の人選で与野党の攻防が続く国会では、金屏風疑惑が焦点として浮上してきた]
伊坂氏によると、八重洲画廊の真部俊生社長と八五年七月、同画廊青山店で会った。その際、真部社長は伊坂氏に手帳の間にはさんであった一枚のメモを見せた。
折り畳んだ跡の残るメモには、
「佐藤十五、竹下三、伊坂一」
と書かれていた。「佐藤」は川崎定徳の佐藤茂社長を指し、それぞれの数字は億円単位を表していた、という。
伊坂氏は株買い戻しのためには、当時蔵相だった竹下氏と接触するのが必要と判断し、竹下氏と親しい元政治家秘書の画商らと連絡を取り、「会談の仲介役をしてほしい」と依頼していたことも明らかにした。
同じころ、平和相銀の複数の元幹部社員は、「金屏風疑惑」で相銀側が用意した総額百二十五億円のうち二十億円は政界工作用で、もう二十億円が株買い戻しの上乗せ資金、残り八十五億円が株の値段だった、と明言した。平和相銀は「二十億、八十五億、二十億」と支払う計画を立て、それに基づき、まず八五年八月十七日、八重洲画廊に二十億円の小切手を振り出した。八十五億円は九月に支払れる予定だったが、九月十日、平和相銀本社を訪れた佐藤茂氏が同行役員に「大蔵の検査が入ったので八十五億円は後回しにしてほしい」と要請してきた。このため平和相銀は三回目に支払う予定の二十億円を先に支払うことを急きょ決め、九月十七日に二十億円の小切手を振り出した、という。
ところが、十月になって株の買い戻し話はなぜか立ち消えになり、八十五億円は支払われなかった。平和相銀の融資部門の幹部だった会社役員は「株が買い戻せればいいわけで、購入の対象は金屏風でなくても何でもよかった」と振り返った。
こうした金屏風の取引に絡む政界工作の疑惑は、伊坂氏が法廷で詳述することになった。