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出版社/著者からの内容紹介
「痔の手術は死ぬほど痛い!?」……このウワサはウソだった!診察だってラクなもの。
約10年間の痔主生活の後、遂に病院を受診、手術によって再び明るい日々を取り戻すまでの体験。全国2000万人に贈る、完治の記録と知識集。
※PDF版には、わかりやすい図や挿し絵が収録されております。
抄録(「電子書店パピレス」より)
発症から十年近くたってから、初めて病院で医師の診察を受けた。他の病気ならまず考えられない。日本では痔の患者はたいてい、痛みや出血の辛さでどうしようもなくなってから病院に行くと言う。そのため、統計的にも欧米に比べて重症の患者が多いそうだ。「他人に尻の穴を見せるなど恥」という感覚が根強いに違いない。
初診の日、待合室は患者でいっぱいだった。若い女性もいる。美しく見えた。この病気が、特別な人間だけがなるものではなく、大衆病であることがよくわかる。同病の仲間は多いのだ。
私は予約外なので、診察は最後であった。患者一人にかかる診察時間は予想していたほど長くなかった。長くても十分、平均六、七分といったところ。患者は薬をもらうと、次々と医院を後にしていった。
最後に私の名前が呼ばれ、診察室に入る。待っていた間に記入しておいた問診票を見ながら、医師と話す。自分の症状を専門医に聞いてもらえるというだけでも、不安はかなり解消される。
そして、指診と肛門鏡による診察。診察台に乗り、横向きの姿勢でお尻の部分を出すだけ。指診も肛門鏡も、入る時には少しだけ痛いが、なんということはない。時間もほんの数秒のことだ。
衣服を元に戻し、医師の診断を聞く。診察が終われば薬をもらって終わり。めんどうな検査はなく、あっけないものだ。羞恥心など感じている暇もない。
もちろん、これが看護婦監視のもと、四つんばいや大股開きをするのなら、どんなに痛みがつらかろうと私は病院に行くのは御免だ。しかし、肛門科の診察というのは実際はこの程度で、一度経験すれば「なあんだ」というほどのものにすぎない。むしろ歯科のほうが、苦痛という点では上だ。肛門科の診察に関しては、何の心配もいらない。
「手術」
この言葉も重い。しかし、二つ目のハードル=手術は、必ずしもすべての患者が越えるものではない。むしろ手術をせず、保存療法で痔と共存する人のほうが多い(手術を受けているのは患者の二〜三割)。また、手術をするにしても、痛いからといって、すぐに切られてしまうわけではない。手術云々は、診察後にたっぷり時間をかけて結論を出せばよい。だから、診察を受ける前から手術のことまで心配する必要はない。入院期間も私の場合はかなり長いほうで、もっと短い人のほうが多い。
「病院に行く」と自分で決めてさえしまえば、気分はだいぶ楽になる。専門医に診てもらえるし、「これ以上悪くなることはない」という安心感を得ることもできる。重たく考えないことだ。
退院後、この病気について、自らの体験もまじえ、仲間に話す機会があった。他人ごとではなかったのだろう、皆興味深く聞いていたように感じられた。同級生で工学博士の肩書きを持つ現役の研究者も同席して話を聞いてくれたが、彼ですら、「初めて耳にすることが多かった」と感想を述べてくれた。それも、この本を書き、より多くの人に痔実(事実)を知ってもらおうと思ったきっかけの一つである。
次項からいよいよ、私の発症から完治までを、時間を追って再現してみる。
診察を受けることに心配はいらない。病院に行ってみよう!
手術も怖くない。
著者について
日高 善太(ひだか ぜんた)
1960年まれ。現在、法人設立、建設業許可申請、コンピューター会社記帳代行等の仕事に携わる。27歳の時、痔核を自覚。約10年間の痔主生活の後、36歳で専門医院を受診し、手術を受ける。完治を契機に、「病院は怖くない。手術も怖くない」という痔実(事実)を広く世に知らせることを決意し、本書を著す。