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出版社/著者からの内容紹介
30歳までは、徹夜もできる、無理がきく、記憶力が旺盛だからなんでも覚えられる、頭が柔らかいからアイデアもポンポン出る。この大切な30歳までの時期に何を身につけたかで、その後のビジネスマン人生でどこまで伸びるか、成功するかどうかが決まるといっても過言ではない。30歳までに身に付けたいビジネス人生の基礎をアドバイス。
抄録(「電子書店パピレス」より)
1 自立した精神構造を養う
「今ごろの若い奴は……」とは、何千年前からの人類の口癖だそうで、これをいいだしたら、その人が年を取った証拠だともいわれている。
しかし、それを承知で、あえて若い人に苦言を呈するが、今の若い人に一番欠けているのは自立心だと思う。
第一に、付和雷同型の人が多い。自分の考えがないから、すぐに他人の行動に追従してしまう。これは、ファッションから就職にいたるまでこの傾向がみられる。
第二に、二〇代の後半から、三〇歳くらいになっても母親離れのできない男性が多い。いわゆるマザコンタイプが目につく。
第三に、若いうちから、安定志向、安全志向で、三〇歳にして老成したような人が目につく。
第四に、何かに頼って生きる。何かにからみついて生きるような蔦《つた》タイプの若者が目立つ。私は「蔦人間」と呼んでいる。何かまきつくものがないと生きていけない。野原の一本杉のように、自立してピンと立っていられない人たちが多い。
さて、それに引き換え欧米の若者は子供のときから自立心をたたき込まれているので、独立心が旺盛である。日本人の若者と欧米の若者が対決したときに頭では負けないが、精神力で負けてしまうことが一番心配である。
日本人の若者に自立心が欠如している最大の原因は、家庭教育にある。第一に母親の過保護、第二に父親の父権行使の怠慢(もっとも父権が地に堕《お》ちているので、行使できないというほうが正しいだろう)である。
若い人は、この事実を自覚して、自力で自立心を養う努力をしてほしい。能力主義の時代に自立心、独立心のない人間ほどみじめなことはない。
2 専門能力を身につける
今までの日本の大企業はゼネラリストを尊重してきた。学校を出て入社すると定年までその一社に勤めることが前提であった。特別の事情がない限り、他社へ転職することなどあり得なかった。
したがって新卒で入社して、その企業でいろいろな仕事を経験して、ゼネラリストとしての管理職になることが理想であった。事務系の仕事、生産関系の仕事、営業関係の仕事、物流の仕事など、各部署を少しずつ経験し、体験しているので、会社全体を俯瞰《ふかん》的に見ることができる人材を育て上げた。
ゼネラリストはスペシャリストではないから、その一社では通用するが、他社へ行くと全く役に立たない。
ゼネラリストはスペシャリストよりも一格上という評価が定着し、スペシャリストは、技術屋、職人という見方をされ、専門職は軽視される傾向があった。
ゆえに大学を卒業すると文系の人間の全員がゼネラリストを目指すことになった(理工系の人は高校時代から専門職、スペシャリスト志向なので文系の人とは違う)。
時代は大きく変わった、終身雇用制度が崩壊し、四〇代である日突然、「君、会社を辞めてくれ」といわれることになり、ゼネラリストとして育った多くの文系の人たちは、他社への移動ができずに困っている。
面接にきた四〇代、五〇代の人に、「あなたの専門はなんですか、即戦力として腕をふるえる仕事はなんですか」と聞くと、「さあ、いろいろなことをやりましたので、なんでもできると思いますが、即戦力の自信はありません」ということになる。営業も経理も庶務も総務もすべて中途半端という人が多い。
中小企業は専門能力のある即戦力の人が欲しい。募集をすると一〇〇人くらい応募者があるが、欲しい人がいないというミスマッチが目につくのが現実である。
著者について
酒井 正敬(さかい まさゆき)
(株)三和経営研究所代表取締役所長。
1938年東京に生まれる。天理大学(比較宗教学)、早稲田大学(心理学)を卒業。1963年、経営コンサルタント業界の第一人者田中要人先生に師事し経営コンサルタントになる。1971年、仲間と独立し会社経営研究所を設立し指導部長として活躍。1980年、(株)三和経営研究所を設立し代表取締役所長に就任。
経営全般の指導に通じているが人材開発指導を最も得意とし、企業の経営診断、経営指導、社員教育、幹部教育の他、中高年社員の再就職指導や大学生の就職指導および講演、執筆活動などを行っている。
〈主な著書〉『再就職に成功する本』(ベストセラーズ)、『ほしい人をどう採用(とり)ますか』(二期出版)、『移った会社で成功する法』(ダイヤモンド社)その他多数。